M氏をゲーナの車で空港まで見送りに行き、別れ際になると
このまま一緒に帰国したいという衝動に駆られました
なんとも心細く、さみしい気持ちでいっぱいだったのです
日本から予約をした時、1週間しか部屋が取れなかったのです
夏場のサハリンはホテルがどこも満室で
行けばなんとかなるだろうと思って、来てみたのですが
ゲーナも一生懸命になって探してくれましたが
どこのホテルも部屋が空いてなく
一日ぐらいだったら、転々とすれば泊まれないこともなかったのですが
そのたびに荷物を抱えてホテルを渡り歩くには大変なため
ゲーナが知り合いの家に掛け合ってくれて
滞在期間中、残りの3週間泊めてくれる人がいたのです
ターニヤは彼女のお母さんと二人暮らしですが
お母さんは夏の間10月に入るまで別荘(ダーチャ)で暮らしているらしく
お母さんの部屋を使わしてもらうことになったのですが
実は、ここの家はターニヤのお母さんの家で
泊めてくれることを快く引き受けてくれたのはお母さんだったのです
ターニヤは入国管理局に努める入国管理官で
昼間は土日以外、仕事に出ているので
私が一人で留守番を兼ねた、下宿人になるわけです
一人といっても、ゲーナは毎日朝9時になると
ターニヤの家に来てくれて、夜まで一緒にいてくれるので
まったく一人になるということはほとんどありませんでした
互いに言葉が通じないため、会話ができず
私にとっては重苦しい時間を過ごさなければなりませんでした
それに私から見たらターニヤは20歳ほども若い女性です
私よりも小柄で、とても美人です
そんな女性と同じ屋根の下で夜を過ごすということは
拷問にも等しい精神的苦痛の時間を過ごさなければなりませんでした
彼女のお母さんがいるダーチャに行くことになりました
もちろんゲーナが車で連れて行ってくれたのですが
あらかじめターニヤが連絡していたのか
お母さんはたくさんの料理をつくって待っていてくれ大歓迎されました
日本人が遊びに来るとお母さんが触れまわっていたのか
近所からたくさんの人も集まっていて
大勢のロシア人の人たちから歓迎されたのです
途中で、チョコレート、ケーキ、チーズ、ウォッカ等たくさん買って行きました
昼間からダーチャの庭で野外パーティーが始まり
歌やら踊りやら、ロシア人の素朴な陽気さと人の良さ、温かさに触れ
ロシアに来る前に抱いていた、私のロシアのイメージは
180度転換させられることになります
言葉こそ通じないものの
人と人の心の触れ合いは、言語を超越して相通じるものが生まれます
乾杯をするたびに、その乾杯の理由づけをします
ターニヤのお母さんがその乾杯の音頭をとるときに
「娘からあなたは大変素晴らしい紳士であると聞いています」
「今はあなたのような紳士も少なくなりました」
「その素晴らしい日本の紳士のために乾杯しましょう」
とお母さんが発声すると
今までにない大きな歓声が皆からあがりました
人間(男)としての節度を守った賞賛でした
これは後々、ロシアで仕事をしていくうえで
私がロシアの人たちから守られる大きな要因となっていくことになります